掌編なのに突っ込みどころ満載です。しかし、
「卵と結婚」（横溝正史）
（「横溝正史探偵小説選Ⅰ」）論創社
卵の表には、ありありと
次のような文字が
現れているではありませんか。
配偶者を求む
当方二十四歳の女、
農家の娘、
一生食って行けるだけの
財産あり、
三十歳前後の当世流紳士と
結婚したし。
ご希望の方は左記の所へ
御照会あれ…。
横溝正史といえば、
｢獄門島｣｢八つ墓村｣
｢悪魔が来りて笛を吹く｣と、
表題からして
おどろおどろしいものばかりだと
お思いの方は多いと思います。
それが｢卵と結婚｣。
本当に横溝作品なのか！
いやいや、横溝初期作品にはコントが
いくつか含まれているのです。
本作品もやはりコントです。
【主要登場人物】
｢僕｣
…語り手。｢新鮮な卵｣を買ったところ、
花婿募集の案内を見つける。
｢二十四歳の女｣
…卵に花婿募集の案内を記載。
農家の娘。
わざわざ｢主要登場人物｣を
揚げるまでもない、
｢僕｣による一人語りの
わずか5頁のショートショートです。
｢新鮮｣の触れ込みで買った卵に
花婿募集の案内が載っていた、
それに応募した、返事が来た、
その返事は…、
「お志は有難うございます。
しかし、あたしは三年前に
結婚して居る身でございます。
そして先週の末に
二人目の坊やが出来ました。
どうぞお喜びくださいまし」。
とまあ、横溝初期のコントの中でも、
いったいどう笑っていいか、
苦慮してしまう一品です。
｢今産みたてのホヤホヤ｣の卵は、
実は三年以上前のものだと
いうことなのですが、いくら何でも
三年たてば卵は腐敗を通り越して
干からびてしまうに決まっています。
それはないでしょう。
そういいたくなります。
それ以前に、若くて財産持ちの女なら、
わざわざ卵で広告しなくとも、
引く手あまたに決まっているでしょう。
掌編なのに突っ込みどころ満載です。
1926年に発表された本作品、
巻末の解説を読むと、
｢本編のタイトル脇には
｢フランス漫画｣と記されているだけで
作者名がなく、最後に
｢横溝正史訳｣と示されていた｣とのこと、
そして横溝による次のようなコメントが
書かれてあったということです。
「翻訳でも何でもない。
ルヴエルを出す筈だったのだが、
急にそれが駄目になったので、
周章狼狽やむなく其処に
あり合わせた
フランス雑誌の漫画を、
一つの文章にしてみたのである」。
なんと間に合わせのために、
フランスの漫画に
キャプションをつけただけという
衝撃の事実が。
さらにはネットを検索すると、
こんな記事も。
「フランス･コントの
愛読者であった私が
編集部へ入りたての頃、
あるフランス作家のコントが
誌上へ出なくなっていた。
あの作家は本国でも
もう書かなくなっていたのか、
それとも死亡したのだろうか、と
水谷(水谷隼)さんに
きいたことがあった。
その答えが意外だった。
あれは、ヨコセイ作の
フランス･コントなんだよ、と」。
なんと探偵作家の何人かが、
こうして翻訳物と見せかけて
自作の｢フランス･コント｣を
創作していたのだとか。
なんともおおらかな
時代だったのでしょう。
つべこべ言わずに、その時代の空気を
味わうべき作品なのかも知れません。
論創社の素敵な一冊
｢横溝正史探偵小説選｣に
収録されています。
ぜひご一読を。
〔本書収録作品一覧〕
霧の夜の出来事
ルパン大盗伝
海底水晶宮
恐ろしきエイプリル･フール
化学教室の怪火
卵と結婚
十二時前後
橋場仙吉の結婚
恐ろしき馬券
悲しき暗号
宝玉的道話集
お尻を叩く話
首を抜く話
博士昇天
足の裏-共犯野原達男の告白
五つの踊り子
妻は売れッ児-甘辛夫婦喧嘩抄
黄色い手袋
五万円の万年筆
ドラ吉の新商売
コント･むつごと集
陽気な夢遊病者
堀見先生の推理
榧の木の恐怖
評論･随筆･読物篇(44篇)
（2018.1.3）
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